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ウルリヒの引退について
ウルリヒの引退について
ついにウルリヒが引退した。
でもなぜ引退しなくてはならなかったのか、よく分からない。
直接は、スペインで起きたドーピングスキャンダル、例のオペラシオン・プエルトにウルリヒと見られる名前があったからとされている。
でも名前があったと見られる選手でも、チームとの契約どころか、プロツールチームと契約した選手もいる。その例がバッソだ。
なぜウルリヒがバッソのようにできなかったか、ファンは今も大きな疑問を持っているのではないか。
僕だってよく分からない。

昨日の引退記者会見は異例だった。なにしろ記者からの質問は最初から受け付けないという条件だった。
僕はこれまで何度も選手の記者会見に立ち会っているけど、こんな例は見たことがない。
相当、ジャーナリストに恨みがあったのではないか。
そして長々としゃべったらしいが、それでも言いたいことを全部言ったとは思えない。
選手は当然言葉を選んでしゃべるし、マスコミ対策トレーニングをしているチームもあるから、真実はなかなか話さない。

自転車界の混乱はずっと続いている。
昨年のツール・ド・フランスの勝者は誰なのか?
プロツールはどうなっているのか?
これらも方向が見えてこない。

ウルリヒはツール・ド・フランスでアームストロングを本当に苦しめた唯一の選手だと思っている。
去年のジロ・ディ・イタリアで、クネゴがレース中に僕のところにやってきて、「ウルリヒといっしょに写真を撮ってくれないか」と言ったのが忘れられない。
キャノンのデジカメ
今度うちにテレビが取材に来ることになって、写真整理のところに加えて自転車に乗っているところも撮りたいといっていたので、「少し稽古しておかなくては」と思って乗ってきたら、夜になって風邪が少し悪化。明け方は咽が痛くて目が覚めた。
だから今日は風邪薬を飲んで仕事している。

今朝はビッグニュースがあった。
ヴェロマガジン(フランスのレキップが出している競技専門誌。日本でも購読している人がいるはず。そうそう、今月の同誌の最初の見開きページは僕の写真です)がニッポ・メイタンの写真をダウンロードしていったこと…よりも、待ちに待ったキャノンのデジカメの新型が発表になり、5月下旬から発売されるというニュースだ。
朝から食い入るように見たが、これまでのカメラになかったような機能がずいぶん盛り込まれていて、すぐにでも注文するつもり。
ただ残念なのは、バッテリーが従来のものと違っているので、充電器が異なる点だ。これまでのカメラをサブで使うとなると、充電器を2つ持ち歩かなければならなくなってしまう。
移動が多い自分にとっては、大きなデメリット。
パソコンではサードパーティの製品があふれ返っているというのに、なぜかカメラにはない(自分が知らないだけ?)のが不思議だ。

一方、前日にペンタックス645のデジタルも試作品としてショーに出品されるというニュースがあった。かつて同じように試作品が発表されながら、製品としては時代遅れと感じたのか、白紙に戻されてしまった経緯がある。
僕もペンタックス645の愛用者だったから注目はしているが、魅力あるものができるか、ちょっと心配している。頑張れ、ペンタックス!
とりあえずリコーのGRの新型が出たら、すぐに購入する決意はした。これも待ちどおしい。
ウルリヒは今
かつていっしょにレース現場を飛び回っていたガゼッタのゾメニャーンがボスとなってジロ・ディ・イタリアを仕切っているけど、先日出場チームの発表があった。
 プロツールチームはグランツールに無条件で出場できることになっているけど、3大ツールのオーガナイザーの反乱でこの規則が反故にされているのはご存知だろう。ジロでは20あるプロツールチームのうち18チームが無条件で選ばれ、これに4チームがワイルドカードで加えられるということになった。
 プロツールチームのアスタナは無条件枠から外されたものの、ワイルドカードで救われた。一方、ユニベットはプロツールチームになったばかりなのに、グランツールには出場させないことが申し合わされている。この会社はインターネットを利用したワールドワイドなギャンブル経営なんだけど、フランスでは国が認めたもの以外は活動が禁止されているために、レースが走れない。また走っても、ジャージの文字は認めないというトンチンカンな事態に発展している。さらにプロツールに加わったのはいちばん最後で、それが大きなデメリットとなっている。
 かわいそうなのはユニベットの選手で、なんの罪もないのにレースに出場させてもらえない。プロツールを作ったUCIは一刻も早くこの事態を収拾しないと、信頼性が問われることになるだろう。

 ワイルドカードはアスタナ(エースはサヴォルデッリ)、アックア・エ・サポーネ(ガルゼッリ)、パナリア(セッラ)が入ったのは妥当だが、ディクイジョヴァンニが外され、ティンコフが入ったのは意外だった。ディクイジョヴァンニ(昨年までのセッレ・イタリアだが、第2スポンサーからメインスポンサーに昇格したため、チーム名が変わった)は山岳のスペシャリストが揃っているし、ランカウイで5区間とったロッドもいる。ちなみにロッドはジロのスタートであるサルデーニャの出身でとくに第3ステージでゴールするカリアリは地元だ。
 でもファンはやはりティンコフのハミルトンの走りを見たいはず。監督によると、今はイタリアに住んでいて、モチベーションも高いという。

 ところで、ウルリヒはどうなったのだろう。
「ヤンは自転車界の財産だよ。君のチームで獲得しようという話はどうなったんだい?」と、先日ランカウイでティンコフのチームマネージャーであるオマール・ピシーナに訊いた。
「ギャラはこれまでほどじゃないから(ウルリヒはアームストロングに次ぐ高給取りだった。昨年は間違いなく世界最高だったはずだが…)、ウチで雇うことは十分可能だった。だけどハミルトンとホンドがいる今、これ以上ダーティーな選手を取ると、UCIと反目することになるから」と、オマールは言った。そして
「俺自身、ヤンの大ファンなんだけど…」と唇を噛んだ。

 書斎には、僕が撮った歴代のカンパニョーロのポスターが4枚(インドゥライン2枚、リース、ウルリヒ)飾ってある。そのうち3枚にはそれぞれの直筆サインが入っていて、ちゃんとSunadaへと書かれている。インドゥラインが「我が親愛なる友、砂田へ」と書いてくれたのが自慢!
 ところがタイミングが合わず、ウルリヒからはまだもらっていないのだ。ドイツのショー会場でこのポスターを見たウルリヒが
「これまで見た自分の写真でいちばん好き」と言ったんだけど…。
 ちなみに昨年はランディスのものが制作されるということになったが、急遽中止になってしまった。
間違いの訂正は大変!
このサイトのGalleryを見てもらえば分かるけど、写真には選手名やチーム名を入れている。もちろんポジで撮っていたときも1枚1枚マウントの上にマジックで選手名を書いていたが、いずれにしても大変時間のかかる仕事である。
そしてこの選手名が間違っていると、訂正にまた少なからぬ労力を費やすことになる。
もちろん自分が間違うこともあるが、それ以上に多いのは参考とするもの自体に間違いがあるときだ。
なにはともあれ、基本はUCIのチームリストだろうなんて決めてかかっていると、これがとんでもない。サイトにでている選手名にミスは少なくない。
それに旧ソビエトはロシア語だけど、ABCではないから、もう矛盾だらけ。同じUCIのものでも、アマの時とプロの時ではスペルが違っているのはもうしょっちゅうだ。

先日もマレーシアでティンコフの選手の写真に名前を付けていたら、UCIのウエブとスタートリストが食い違っていることに気付いた。
たまたまその日ティンコフの選手が優勝したが、それはチーム初勝利だった。
そして僕の撮ったその写真がガゼッタに掲載されたこともあって、監督(かつてニッポの監督を務めていた)は気を良くしてすぐに正しい資料を用意してくれたし、選手のライセンスを見せて証明してくれた。
UCIのライセンス取得のための名前提出と、チーム名簿の提出が異なっていることで間違いが発生することもあるらしい。
とにかく選手のスペルが間違っているのをあとで発見すると、それまで撮ったものはすべて訂正しなくてはならない。

しかしアメリカ・イギリス・オーストラリアなどの英語圏のジャーナリストですら「プロツール」と言っているのに(もちろんイギリス人のUCI会長も!)、日本独特の「プロツアー」という呼び方、あれなどはどうにかならないものか。
日本の雑誌を読んでいる人だけかと思っていたら、なんと選手たちも同じように言っているのをマレーシアで聞いて困っている今日この頃である。
あとで訂正するのって大変なんですよ。
帰国
ランカウイの最終ステージ終了後、あまったマレーシアのお金を町中に溢れている足裏マッサージに使おうかなと散歩してきたけど、あまり衛生的でないのを見てやる気がなくなり、宿泊しているイスタナホテルのマッサージで使った。
値段は150リンギットだから5000円くらい?
マレーシアではけっこうな値段だけど、高級ホテルだからマッサージ室も快適。
その後、11時のフライトに搭乗。そうそう、今年プライオリティ・パスというのを入手した。これはエコノミークラスでも、世界各国の空港のラウンジが使えるもの。すでに何度も使っていて、早くも元を取った。
今年に入って3つのレースに招待されたけど、飛行機はいずれもエコノミーだから、こういうときは便利だ。

昨夜は都内のホテルに宿泊して、今日は仕事先と打ち合わせをして帰宅する。
昨日ティレノ〜アドリアティコのコース発表があった。
今月はこのティレノの宿泊の手配を始め、確定申告や家のことなど、やらなければならないことが山積みだ。
ゲンティングから
ゲンティングから
ツール・ド・ランカウイであてがわれるホテル、この国にしてはかなり立派なんだけど、朝のオレンジジュースとコーヒーのまずさにはうんざりさせられています。
きっと両方とも粉末を使ったインスタントだね。
いつも毎朝オレンジジュースとコーヒーは欠かさないのだけど、マレーシアに来てからはほとんど飲んでいません。

でも昨日は福島お兄ちゃんが区間優勝を見せてくれました。
プロツールチームの選手を相手にした勝利だから見事!

昨日、レースの途中で撮った写真がこれです。
日本には東南アジアからこうした手芸品がいっぱい入ってきているけど、この日見たのは子供たちが編んでいるもの。
沿道は観客が人垣を作っているのに、この子たちだけがもくもくと仕事していました。
そしてはっと気付いたのは、目が見えていないんです。
とても悲しい光景だけど、しっかりと生きている姿に感動もしました。
記念にカゴをひとつ買ったけど、たった60円。
オレンジジュースやコーヒーがまずいなどというのは、むなしくなってしまいました。
マレーシアに来て4日目
マレーシアに来て4日目
今日は時々雨が降るあいにくの天気だった。
途中、オートバイを停めたところが川魚を売っている店だった。
魚はいいのだけど、入っているケースの中にはいっしょにハエも何十匹か入っていた。
オートバイの運転手はぜんぜん気にも留めず、「オレの住んでいるクアラルンプールにはない魚で、身体にもとてもいいんだ」と言う。
正直言って、とても食べる気はしません。
でも、その辺で遊んでいる子供たちはすれていなく、何十年前の日本を見ているようだ。
(写真は魚の入っているケース。中には魚と同じくらいハエが入っている!)
カタール終了
カタール終了
昨日のレース、スタートについた時点で快晴となった。明け方の猛烈な雨風がウソみたい。
砂漠の中にラクダがいて、そのオーナーに「もうちょっとくっついてもらえませんか」と頼んだら、お金を要求された。観光用のラクダだったのだ。

レース中、ディレクターに呼ばれて「そのオートバイは認めない」と言われた。
乗ったのは125ccしかないスクーターで、そんな小さなものはダメだという。
そこで前日のオートバイに乗り換えたら、今度は前日のガス欠に続き、バッテリーが上がってヒッチハイクする羽目に。でもゴール前だったから、大事にならずにすんだ。

夜、空港に行ってチェックインするまではうまくいったけど、そのあと機内持ち込みのカメラバッグが重過ぎると通せんぼされた。
プレスパスを出したら認めてくれたが、もう年々世界中で重量が厳しくなる一方だ。
これからクアラルンプール行きの飛行機に乗る。

(昨日のガス欠に続いてバッテリーが上がったオートバイ。撮影してくれたのはワトソン)
今日は最終日
今日は最終日
今朝、台風並の雨風。何年もこのレースに来ている人に聞いたら、雨が降るのは初めてだという。
一昨日のレースで、僕の乗るオートバイと集団の距離が近過ぎるとエディ・メルクス本人からレース中に注意を受けた。
「だって、運転手は自転車レースが初めてなんだ」と言って、納得してもらう。
昨日のスタート前に
「運転手はちょっとレースに慣れたかい?」と愛想よく言ってくれた。
ところがそのオートバイ、レース中にガス欠を起こし、僕はクルマでゴールに向かった。
とほほ…。

まあ、なんだかんだと最終ステージとなった。
レースが終了する今晩、ドーハからクアラルンプールまで移動する。
ツール・ド・ランカウイのスポンサーであるマレーシア航空が特別にチケットを用意してくれて、3人が飛ぶ。
そのうちダウンアンダー、カタール、そしてランカウイの3つのレースすべてをカバーするのは、フランスのロイターのジャーナリスト(国際自転車競技ジャーナリスト協会の会長)と僕の2名しかいない。
正直言うと、ちょっと疲れている。
(写真は偉大なるメルクス先生)