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パリからミラノに戻る
パリからミラノに戻る
今日は怒濤の一日だった。
朝9時に選手たちといっしょにTGVで移動。
最終ステージが終わってから、地下鉄と電車でシャルルドゴール空港まで大急ぎで行き、ミラノ行きの飛行機に搭乗。出発時間が30分ほど遅れたため、ミラノ到着が夜中の12時。レンタカーがやっているかどうか心配だったが、こういうときはハーツゴールドカードが役に立つ。他のレンタカーはすでに営業を終了しているが、ハーツだけはちゃんと待っていてくれた。
深夜の高速道路は空いていて、マルペンサから家まで30分で来た。
今、風呂に入ってビールを飲み、日本から持ってきたラーメンを食べたところ。
明日の夜のJAL便で帰国します。

(写真はTGV内でのバッランとベンナーティ。二人は仲がいい。今日、ベンナーティは区間優勝しました。バルベルデが昨年暮れに来日して以来すっかり仲が良くなり、TGV内でも冗談を飛ばしてくれました。)
残りあと3日
シンケヴィッツに始まり、ヴィノクロフ&アスタナ、モレーニ&コフィディス、そしてマイヨ・ジョーヌのラスムッセンまでが出ていった。
昨日、ホテルにチェックインするとき、フロントの人に
「ツール・ド・フランスはどうですか?」と尋ねられて、
「ご覧の通り、ドーピング事件だらけですから」と言ったら、
「だけど毎年じゃないですか。だから今回はみんな笑っていますよ」と冗談を言われた。
まあ、だけどこれが最高の慰め言葉って感じでした。
早く日本に帰りたいです。
ポーでの休養日
ポーでの休養日
今日は休養日で、ポーにお住まいのいずみさんの家に遊びに行ってきた。ご主人はフランス人だ。
エールフランスのスチュワーデスさんをしておられるときに飛行機の中で知りあったのだけど(僕はJALばかりなのだけど、たまたま飛行機がエールフランスとの共同運行便だった。機内はがらがらで、コーヒーをいただきに行ったら「よかったらお話しませんか」となったわけです)、引退された今もボランティアや趣味で、忙しくしておられる。
ポーの中心にすばらしい家をおもちなのだけど、最近、山の方に別荘を建てられたというので、そこに行ってきた。
明日のゴールであるオービスクなどが見渡せるすばらしいところだし、カレーライスやら漬物やらを出していただき、大感激。
仕事に追われまくりの日常から開放されて、リラックスできた。
こんな時間って、レースにいる自分にはめったにありません。
ポー近辺に在住で、やはりフランス人の方と結婚されたともこさんも手作りのケーキを持参され、これもおいしくて、ついつい食べ過ぎてしまった。

ところが夕方、チクリッシモで活躍している宮本嬢から電話で
「ヴィノがポジティフです!」と連絡が。
とうとう爆弾が爆発してしまった。
その後、ラジオのニュースを聞いたいずみさんからも電話をいただいて、教えてもらった。
オートバイで月光仮面のようにアスタナのホテルに駆けつけようと思ったが、今日は休養日。
オートバイの運転手は、聖地ルルドに行ってしまっていない。
(写真右がいずみさん夫婦。左が9ヶ月のあかちゃん(名前があかなので、あか君)とともこさん。手前の料理を遠慮なくぺろりと平らげて写真を撮ったのが不肖砂田)
車の火事を見た
車の火事を見た
一昨日のレースで、車が焼けているのを見た。
なにかのデモなのかなあと思っていたら、昨日の新聞を見てびっくり。
ロイターのクルマで、突然レース中に出火したらしい。
中にあったパソコンやらカメラ、それにスーツケースに入った身の回り品も全部燃えたという。
火の回りが速く、なにも運び出せなかったらしい。

これまでヨーロッパの高速で、クルマがぶつかったわけでもないのに燃えているのを何度か見ている。
それに日本の友人が、高速道路をシトロエンで走っているときに燃えてしまったことがあった。
クルマの炎上というのは、国産車でもあるらしい。
ティーニュから
今、ティーニュのプレスルームで写真を送っています。
今日、明日とここに泊まります。
昔はスキーの撮影で毎年ここにきていました。
さっき、シンケヴィッツが自転車で下っているときに観客と衝突し、ヘリで運ばれました。
観客は意識がないという話しです。
この事故で、ずっと交通止めでした。
もう夜の9時20分で、半袖では寒いです。
これからホテルに行きます。
キーボード破損
キーボード破損
今日は今大会初めての暑い日。
ツールはやっぱりこういう天気が相応しい。
でも仕事に追われて時間がぜんぜん足りないので、今日は4時に起きた。
なんとか頑張って写真の整理を終え、スタートに向かったが、着いたのはわずか30分ほど前だった。

夜、パソコンのキーボードの1つが割れてとれてしまった。
もう3年以上酷使しているからなあ。
大会が終わるまでなんとか頑張ってくれ。
国際自転車競技ジャーナリスト協会
国際自転車競技ジャーナリスト協会
昨日、AIJC(国際自転車競技ジャーナリスト協会)のパーティーがあった。場所はムスクロンというベルギーの小さな町だった。仕事が忙しいから本当はホテルにいたかったのだけど、日本代表を務めている僕は会長から「必ず来い」と言われたから行かざる得なかった。
必要最低限の写真をホテルから送り、そのあと9時に出発。
50人あまりの集まりだが、ツールのボスであるプリュドムも来ていた。
場所はビストロ・デ・ザンジェというレストランで、そこのおじいさんは1924年のツール・ド・フランスの最長区間(482km)で優勝している人だ。もちろん、そのときの写真も飾ってあった。
まずはシャンパンではなく、ビールが食前酒なのはベルギーらしい。もちろんとてもおいしいビールだ。
食事が始まったのは夜10時で、デザートを食べないところで帰ってきたが12時を回っていた。
ホテルに戻って残りの写真を送り、床に入ったのは2時だった。
厳しい日が続いています。
八重洲出版からのお知らせ
八重洲出版からのお知らせ
〜CICLISSIMO no.6 ツール完全レポート号発売記念〜
第125回八重洲ブックセンター特別講座
ツール・ド・フランス2007スライド&トークショー
自転車レース・フォトグラファー 砂田弓弦さん講演会

■日時:平成19年8月24日(金)
■場所:八重洲ブックセンター本店8階ギャラリー

23日間で3500kmを走破する、世界最高峰の自転車レース、それがツール・ド・フランス。2007ツールの全ステージを二輪伴走撮影をした砂田氏が、スライドを上映しながら、世界最高峰の自転車レースの魅力と世界一強い自転車選手の闘いぶりを伝えます。

【後援者紹介】
1961年9月7日富山県生まれ。自転車競技ジャーナリストの第一人者。ミラノにオフィスを構えて、ロードレースを中心に取材・撮影活動をしている。イタリア、オーストラリア、アメリカ、日本など、多くの国のメディアに写真を提供。2005年から、ツール・ドフランスでオンレース・オートバイでの撮影を許される数少ないカメラマンの一人。2005年の世界選手権ロードレース・マドリード大会では、代表撮影を担当。<http://www.yuzurusunada.com/>

【募集要項】
■募集人員:100名(申し込み先着順) ※定員になり次第締め切らせていただきます。
■参加料:無料
■申し込み方法:下記申込書に必要事項を明記の上、八重洲ブックセンター本店1階レファレンスコーナー(JR東京駅八重洲南口下車徒歩3分)までお持ちください。また、電話によるお申し込みも承ります(電話:03-3281-7797)
■八重洲ブックセンター ■協賛:八重洲出版

【お申し込み時に必要なデータ(八重洲ブックセンター指定申込書フォーマット記入項目)】
・お名前 ・年齢 ・ご住所 ・ご自宅電話番号 ・お勤め先 ・役職 ・お勤め先電話番号
ミラノより
ミラノより
昨日は時差もあって朝4時に起床。
ミラノから300kmほど離れたところにあるチェゼナティコに行ってきた。ご存知、パンターニの故郷である。
まずはお墓にいったら、もう次から次へと人がやってくる。
ちょうどお母さんが掃除をしていた。

次にパンターニ記念館に行って撮影。
それが終わったら、彼のチームメイトだったマルチェッロ・シボーニの取材。
これから次号チクリッシモでやります。

クルマの中でパニーノをかじりながら再びミラノに戻る。
借りた車はランチャ・Y10(だったかな)のディーゼルだけど、イタリアの車にしては走りやすいと思った。

そのあとコルナーゴに行って仕事の話しを。さらにその近くにいるオートバイの運転手に荷物を渡し、ツール・ド・フランスの準備完了。
家に戻ってからツールに行く最終の準備と部屋の掃除、そして夕食は日本から持ってきたカレーうどんを食って9時に寝た。

写真はパンターニ記念館内部
パンターニ特集に向けて
本当は明後日出国してイタリアに行く予定だったけど、次号チクリッシモでパンターニ特集をツール・ド・フランスと合わせてやるため、1日早く出国することになった。
そしてパンターニの故郷に向かって取材する。
メインは彼のアシストをやっていた選手だ。
今、自転車屋に勤めていて、今日電話してアポをとった。
現役の時は話をしたこともなかったのに、電話したらすぐに分かってくれて、OKとなった。

明日のJAL便で成田からミラノまで飛び、翌日の朝早くにチェゼナーティコにレンタカーで向かう。夜に家に戻り、翌日ミラノからロンドンまで飛行機で移動する。
時差ボケで辛いだろうけど、頑張ってくださいね! と自分に言ってます。
ロンドン、怖そう
ロンドンでテロの警戒度が最高段階に引き上げられたとニュースでやっていた。
こんな状況では来週から始まるロンドンスタートのツール・ド・フランスにかなり影響があるはず。
以前、アメリカにトラックのワールドカップの取材に行った時も、テロ警戒の真っ盛りで、空港で全員靴まで脱がされたし、ミラノの空港では入り口が制限されたために、ずいぶん遠回りさせられて記憶がある。
テロ頻発地のアイルランドがスタートだったときは、プレスルームに入るのにX線検査を受けたけど、今回もそうなのかなあ。
ツール・ド・フランスがイギリスに行ったは10年以上前かも。たしかフランスがスタートで、イギリスに渡ったはず。
そのときは、大会前にイギリスの警察官がフランスにやってきて事前の書類を書くのだけど、あのたくさんの関係者を相手に、業務を行った警察官がなんとたったの二人!
もう長蛇の列で、チームの監督たちもその列に並ばざる得なかった。
1時間以上も並んだ記憶がある。
まあ、イギリスからのスタートということ自体、これははっきり言って「修行してこい」ということなのでしょうね。
ところで、レースの取材でイギリスには何度か行っているのだけど、ロンドンっちゅうところは初めてです。