Diary Only japanese
最新のDiary
2017-09-16
コペンハーゲンから
2017-09-15
今週末からノルウェーのベルゲンに
2017-09-13
39年前のアゴストーニ
2017-09-12
イタリアはストレス満載の国
過去のDiary

2017年09月

2017年08月

2017年07月

2017年06月

2017年05月

2017年04月

2017年03月

2017年02月

2017年01月

2016年12月

2016年11月

2016年10月

2016年09月

2016年08月

2016年07月

2016年06月

2016年05月

2016年04月

2016年03月

2016年02月

2016年01月

2015年12月

2015年11月

2015年10月

2015年09月

2015年08月

2015年07月

2015年06月

2015年05月

2015年04月

2015年03月

2015年02月

2015年01月

2014年12月

2014年11月

2014年10月

2014年09月

2014年08月

2014年07月

2014年06月

2014年05月

2014年04月

2014年03月

2014年02月

2014年01月

2013年12月

2013年11月

2013年10月

2013年09月

2013年08月

2013年07月

2013年06月

2013年05月

2013年04月

2013年03月

2013年02月

2013年01月

2012年12月

2012年11月

2012年10月

2012年09月

2012年08月

2012年07月

2012年06月

2012年05月

2012年04月

2012年03月

2012年02月

2012年01月

2011年12月

2011年11月

2011年10月

2011年09月

2011年08月

2011年07月

2011年06月

2011年05月

2011年04月

2011年03月

2011年02月

2011年01月

2010年12月

2010年11月

2010年10月

2010年09月

2010年08月

2010年07月

2010年06月

2010年05月

2010年04月

2010年03月

2010年02月

2010年01月

2009年12月

2009年11月

2009年10月

2009年09月

2009年08月

2009年07月

2009年06月

2009年05月

2009年04月

2009年03月

2009年02月

2009年01月

2008年12月

2008年11月

2008年10月

2008年09月

2008年08月

2008年07月

2008年06月

2008年05月

2008年04月

2008年03月

2008年02月

2008年01月

2007年12月

2007年11月

2007年10月

2007年09月

2007年08月

2007年07月

2007年06月

2007年05月

2007年04月

2007年03月

2007年02月

2007年01月

2006年12月

2006年11月

2006年10月

2006年09月

2006年08月

2006年07月

2006年06月

2006年05月

2006年04月

2006年03月

2006年02月

2006年01月

2005年12月

金融不安の影響でしょうか
ルーカ・シントはマペイ時代、優秀なアシストとして活躍。チポッリーニが世界選をとったときも、大変な働きぶりを発揮した。
ところがその年の暮れ、どことも契約が結べずに引退。そのとき「無給でいいのだったら雇ってやる」というオファーがいくつかあったことを暴露し(残念ながらこういう実態は自転車界の悪しき習慣)、ちょっと問題になった。
シントはそのあとアマチームの監督をつとめ、そこから出たのがヴィスコンティである。
来季、ヴィスコンティはシントが作るプロチームに移籍する。
ちなみに、ジャパンカップのチームプレゼンテーションのとき、ブラーマ監督はこのことをちゃんと言っているのに、通訳の方、分からないところはけっこう端折られたのと、自転車のことは初めてみたいで(キャノンデールのことを「観音だーれ」と言って爆笑がおきたくらいですから)、なにも触れられなかった。
同じクイックステップからはジャパンカップにもきたスカルセッリとプローニもいっしょに移るのだけど、昨日付けのガゼッタが報じたのは、この新チームの第2スポンサーが撤退を決めたというのだ。
これにより、24人の選手枠を16名にするかもしれないとのこと。
この時期に、この人減らしはひどい。まだ仮契約だったのかなあ。受け入れ拒否にあった選手は、この時期だからたぶん失業するだろう。
僕が予想するに、一連の金融不安で、スポンサーが下りたのではないか。
ちなみに自転車はスペシャライズドになるのだけど、これも担当者は「まだ仮契約」と言っていた。

それから、クイックステップのサブチームマネージャー的存在だったクレスピが新チームを作るのだけど、これも当初はベッティーニを加入させる構想だった。
ところが本人は引退。レベッリンがこれに代わると噂されていたのだが、ここにきて、別のチームに入るのではないかとガゼッタは書いていて、これにも驚かされた。
ちなみにベッティーニは国営テレビから、ジャラベールのように、オートバイに乗っての解説をやらないかと誘われているらしい。
「本物」の意味、分からないマニアに教えてあげますね
宇都宮で30年ぶりに先輩にあった。その方は昔、細身の身体で国内のロードレースで活躍された方だったけど、今はかなり筋肉質だ。
大学卒業後、競輪選手になられたからだ。
ジャパンカップを見て「昔、こんな世界があったなら、間違いなく目指していたと思う」と、しみじみと語られた。
僕ら40代、ちょうど日本の各チームの監督らがそんな世代なんだけど、今と昔は隔世の感があるとみんな思っているのではないか。

たとえば僕が日本の雑誌で仕事をやっていたころ、編集者から「レースのことをやっても売れないから」「はっきり言って興味ないです」なんて、ずばり言われた。
3週間のブエルタを取材して持ち込んだら、ギャラが3万円だったこともあった。
まあ、編集者は人事異動で入ってきた人がほとんどなわけで、自転車への愛情がないから当然と言えば当然なんだけど、それでもたとえばテレビが中継を始め、ツールの人気が出てきたとたんに掲載し始めるのを見ていると、「あのときの言葉はいったいなんだったの」と、あきれかえったものだ。
これは自分の仕事の面からの話だけど、僕らの世代の、たとえば監督連中やメーカー勤めの人、お店の人などにも、共通の思いがけっこうあると思う。
だから、同じファンの人と話をしても、こうした共通の思いをした同世代とそうでない世代ではあきらかに違っていて、日本の今の世代の人と話をすると逆に違和感を覚えることだって少なくない。

昔だったら、レース会場にきて選手を見るよりも自転車を見ているおたくの人がずっと多かったし、雑誌社のカメラマンの仕事は、選手の自転車を撮ることが大事だった。
レースでちゃんとレースを見る。雑誌がレースをやるならば、自転車じゃなくて自転車競技を取材する。これが(僕らの世代にとって)本物だろう。
インターネットで仕入れた情報を振り回すのもけっこう。だけど心情的には、ミロワールや自転車競技マガジンなんかを見て、本場にあこがれていた連中の方が、僕はずっと好きだ。
ジャパンカップを終えて帰宅
ジャパンカップを終えて帰宅
ジャパンカップを終えて、帰宅しました。
朝の6時半、ホテルの朝食を食べにいったら、まだ開いていなくて、ちょうどバッソも開いていないレストランから戻ってきたところでした。
彼にスターバックスに行こうと誘われていったけど、彼が道を間違え、僕もどこにあるのか知らなくて、ホテルに戻りました。
でも歩きながら貴重なことを含め、いろんな話を聞かせてくれましたが、とにかく日本のファンのみなさんの温かい歓迎を心から喜んでいました。
僕にも、家にくるなりなんなりして、写真を撮るように言われました(笑)。
日本のサイクルショーに来てもいいと突然言い出し、すぐにイタリアに電話をしたのですが、向こうが深夜で、さらにミラノショーとバッティングしていることも分かり、あきらめました。

僕がダイアリーで、今回のレースに大物が来るかもしれないと書いたところ、多くの人からそのことを尋ねられました。
ここで告白するとアームストロングでした。ガゼッタのコラボレート・ジャーナリストがアームストロングにインタビューをしたら「バッソに会いに、ジャパンカップに行くかもしれない」と言ったのです。
しかし、時間が合わなかったのか、来ませんでした。
来たら、さらに大騒ぎになっていましたね。

僕自身、数年ぶりにジャパンカップに行きましたが、ロードレースの人気が高まっていることを確認しました。
チクリッシモを手に持っている人も、大変多かったです。
本物が分かる人が増えている証拠です。
ジェイスポーツが会場やオンラインで販売しているチクリッシモには、リクイガスが用意したポスターよりもずっとかっこいいポスターがただでついたのに、そのことを知らない人が少なくなかったのは残念です。
バッソからも、僕が撮ったポスターの方がずっとかっこ良かったのにサインすることが少なかったと、逆に慰められてしまいました。

最後になりましたが、チームプレゼンテーションのとき、マトリックスの安原監督のギャグに死ぬほど笑いました。
漫才の世界に行けば、アルカンシェルをとっていたと思います。
これより帰国
昨日、パリでツールのコース発表に参加。
夜ミラノに戻り、そしてこれから帰国便に搭乗します。
メールくださった方、チクリッシモ応援してくださっている方へお返事できず、この場を借りてお詫びします。
ここしばらくは海外に行く仕事もなく、日本で当分はゆっくりできそうです。
花の都パリより
アリタリアのマイレージを使って無料券をゲットし、パリに来ました。
いつどうなるか分からない航空会社だけに、早めにマイレージを使っちゃおうと思ったのです。
だけど、空港税などで1万円かかりました(涙)。
明日行われるツールのコース発表に出席します。

ちょうどお昼くらいに北駅に到着。
近くのホテルでチェックインを済ませた後、一人でカフェに行って昼食にしました。
僕はフランスが好きです。ヨーロッパで住むとしたらいちばんがイタリア、2番がフランスだな。
何が好きかというと、フランス語の響きが好きなんですね。コーヒー一杯頼むにしても、最後に「お願いします」というと、やっぱり上品に見えます。
イタリアは日本の居酒屋式で、「カッフェ」だけで終わります。
僕が出入りしている労働者階…、いえプロレタリアートが集まるバールではもっとひどく、
「おい、おれにコーヒーいっぱい入れてくれぃ」なんてのが普通です。
さすがに僕はここまでは言わないけど、やっぱり「カッフェ」だけです。

しかし。
フランスの食事はたしかにおいしいけど、パスタとコーヒーはなんでこんなにまずいんだ?
今日、隣でパスタを頼んだ人がいてそれを見たら、なんと茹でたパスタとは別に、ソースをボールに入れて持ってきた。ちょうど日本の高級カレーがそうであるかのように。
パスタの本場イタリアではあり得ないシーンだ。
しかもそのソース、ありゃケチャップだな。おれは食えん。
そしてコーヒー、イタリアと隣なのに、よくもこれほどまずく入れられるものだと感心するよ。
フランス人がイタリアに来て、パスタとコーヒーをうまいと思わないのかなあ。技を持ち帰らないのか?
それが本当に分からない。

おっと、パスタとコーヒーの話になって、ちゃぶ台をひっくり返しそうになりました。つい、地の自分が出てしまいました。
パリに来たのだから、もっと上品に振る舞わないとだめですな。
カリフォルニア
ロンバルディーアのスタートでカメラマン仲間と「このあとどのレースに行くか」話した。
彼は、キュラソーのレースはアシスタントに行かせるけど、来春のツアー・オブ・カリフォルニアは自分が行くという。その理由はなんと
「マックが好きだから」と、まじめに言う。
マックはハンバーガーではなく、コンピューターだ。

僕もこの20年、マックしか触っていない。ウインドウズは操作の仕方も知らない。
彼ほどのめり込んでいるわけではないけど、それでも何台か持っている。
今のところ、メインマシンはPowerBookPro17インチなんだけど、起動はするが画面が真っ黒というトラブルに見舞われていて使用不可能。日本で修理をしてハードディスクとマザーボードを交換してもらったけど、症状は改善せず、今週の帰国と同時に再修理に出す。
なので、今使っているのは、前モデルのPowerBook G4だ。
ところがこれも画面が不調だ。しょっちゅう砂嵐みたいになるので、そのたびに再起動しなくてはならない。
もう何年にも渡って酷使してきたから、帰国までがんばってもらい、そのあとは休んでもらおうと思う。

先週、マックのラップトップが刷新された。
僕はそのときメキシコにいたのだけど、発表されるという噂のあった日は何度もサイトをチェックした。
来年はPowerBookPro17インチをメインに使うけど、レース取材で必ず必要なスペアマシンにMacBook Airを購入しようかなあと思っている。

ところで来年のレース取材の計画を立てているのだけど、ツアー・オブ・カリフォルニアは行ってみたい。僕の場合、マックの本拠地だからではなく、ランスが出るからだ。
しかし、彼の復帰に自転車界の有名人はこのように言っている。

ヤン・ウルリヒ
「ランスのアスタナ入りは、コンタドールとの間に深刻な問題を引き起こすだろう」ユーロスポーツ(サイト)

パオロ・ベッティーニ
「彼ががん基金の資金集めで復帰するなら脱帽だ。だけど勝つための復帰ならば、理解できない」ガゼッタ紙

砂田弓弦
「レモンとイノー、ヴィゼンティーニとロウチェ、シモーニとクネゴ…、キャプテンが2人いると、ろくな事がないのは歴史が証明している」
(自分をここに入れたのは、神をも恐れぬ冗談です)
ロンバルディーア終了
土曜日のロンバルディーアは肌寒い天気だった。重装備でいったのは大正解だった。
クネゴ、文句なしのすばらしい勝ちっぷりだった。
だけどステージレースよりもワンデーレース型にかなり偏りつつあるのが皮肉だ。

今日日曜日はずっと写真整理と帰国の準備に追われた。
いつもJALで帰るので70kgの荷物が大丈夫なのだけど、今回はオーストリア航空なので50kg。これにおさめるのは大変だ。
夕方から快晴の秋晴れに誘われて自転車に乗ってきた。

火曜日にパリに行き、翌日ツールのコース発表会に出る。
初めての経験だ。
ジロはいつあるのか知らないけど、ヴェネツィアのリード島がスタート(何年か前にもあったと思う)で、ローマがゴールという噂だ。
ミラノがゴールでないのは、1989年のフィレンツェゴール以来、僕にとって2度目の経験となる。
バッソ記者会見会場から
バッソ記者会見会場から
今、バッソの記者会見が終わりました。
彼の家に行って撮ったリクイガスのジャージを着ている写真を公表できることになりました。
さて、20日にチクリッシモ第11号が発売となります。以下、出版のご案内です。

サイクルスポーツ臨時増刊
砂田弓弦監修 ロードレース・クォリティマガジン
『CICLISSIMO no.11』 チクリッシモ第11号
2008年10月20日(月)発売、定価1,575円(税込み)
A4ワイド判124ページ+付録/ブエルタ撮り下ろしポストカード4枚
八重洲出版発行 http://www.yaesu-net.co.jp

『CICLISSIMO』(チクリッシモ)第11号は、ブエルタ・ア・エスパーニャとロード世界選手権の完全レポート号。両イベントとも砂田弓弦氏の写真でグラフィックにレポートします。とっておきのサプライズ企画も盛り込みました。まずは、10月26日に開催されるジャパンカップに出場するプロツール4チームの「来日選手サイン帳」。エース選手のバッソ、クネゴ、ヴィスコンティ、ヴォクレールはもちろん、アシスト選手全員の写真・プロフィール・サイン欄を9ページで掲載。観戦に役立つこと請け合いです。もう一つは、「保存版! 全比較 3大ツールの“魔の山”」。ブエルタのアングリルをはじめ、激坂6つを選んで多角的に比較。複数チームに取材し、プロが激坂を攻略するためのギヤ比を解明。さらに5つの“魔の山”をレースで走ったシモーニの独占インタビューにも成功しました。
●サイクルスポーツ臨時増刊、10月20日(月)発売、税込み定価1,575円、A4ワイド判124ページ+付録/ブエルタ撮り下ろしポストカード

主な内容は下記のとおりです。
2008ブエルタ・ア・エスパーニャ完全レポート
 〜コンタドール試乗5人目の3大ツール制覇〜
2008ロード世界選手権完全レポート
 〜バッラン優勝、イタリアが3連覇〜

特集●ジャパンカップ参戦
プロツール4チーム
   来日選手サイン帳
● 保存版! 全比較 3大ツールの“魔の山”
● ロードレースに君臨するスペイン王朝
もうすぐ帰国だけど
僕がイタリアで使っている携帯電話はヨーロッパの標準タイプであるGSMシステムで、このなかにはSIMカードが入っている。
ところがこれの調子が悪く、ブエルタのときからイタリア国外でつながりづらくなってしまった。
今回のメキシコ滞在では全く使えなかったので、オンラインで新しいSIMカードを注文し、イタリアに戻ったら家に届いていた。
せっかく新しいカードを入れることもあり、携帯本体も買い替えることにした。これまでソニーエリクソンを使っていたが(以前、フェレッティがチームを作ろうとしたけどだめだった)、これまで3回購入したことがあるノキアにした。
せっかくだから日本でも通じるようなものにしようと思い、このへんに詳しいリクイガスの中野師匠にメールで教えてもらったら、UMTSというものじゃないとだめとのこと。
近くの大型スーパーマーケットに行って店員に勧められるまま199ユーロのノキアを買ってきた。
これまでの携帯にはたくさんの名前が入っていたのだけど、もうずいぶん電話をしたことがない人もいたし、大文字小文字もばらばらだったので、心機一転、一つ一つ名前を入れていく決意をした。
夜の12時。ABC順番でやっていって、Di Luca Daniloまでいったあたりでふと気がついた。
「あれっ、このケータイ、UMTSじゃなかったよおおおお」
中野師匠に教えていただいたことをすっかり忘れ、店員の言葉につられて買ってしまった馬鹿な自分。しかもすでに名前もわんさか入れ、通話までしてしまった。
幸い、傷防止のフィルムははがしておらず、箱も捨てていなかった。
今日、買ったお店にどきどきしながら持っていったら、あっさりと交換してくれた。ふーっ、よかった。

で、今は夕方。天気が悪く、ジロ・デル・ピエモンテには行かず、自転車にも乗らず、仕事と昼寝の合間(まだ時差ぼけがとれていない)にまた名前入れ作業を始めた。
そのとき、新しい電話に初めてかかってきた。
ガゼッタの記者である。
今度のジャパンカップはバッソの復帰戦で、彼もいっしょにいくのだが、今日入った情報によると、某大物が日本に行くかもしれないという。
その名を聞いて、びっくり。不確かな情報なのでここではまだ名前は出せない。その人物がいつ、どういうふうに来るかはまだいろいろと確認しなくてはならないけど、もし実現した場合のために、僕のスケジュールを聞かれたというわけだ。

今年、チポッリーニの撮影をアメリカのサンタモニカでやったときは、別のガゼッタの記者からの「明日こい」というむちゃくちゃな要求だったけど、今回は時間に余裕がある。
東京のショーでの某選手たちの来日は難しくなったと聞いたけど、もしこれが実現したら、うん、仕事がんばろう。
ああ、携帯の名前入れもがんばろう。がんばろう。がんばろう。
チワワからミラノに戻る
メキシコのチワワからミラノに戻りました。
長旅で、へとへとです。
チワワでチェックインするとき、荷物をパリでいったん受け取るように言われたため、わずか1時間しかない乗り継ぎ便に間に合わない可能性が濃くなった。
NGCチームの連中も同じだったので、僕が代表してミラノまでなんとかスルーにしてくれとお願いしたけど、らちがあかなかった。
チワワからメキシコシティにまず飛んだけど、そこでサイクリングニュースの記者から「コールからEPOが検出された」と教えられた。
今、多くのレース関係者は携帯電話にこうした情報が流れてくるシステムに申し込んでいるから、自分からインターネットにアクセスするより、ずっと情報の伝達が早いのだ。

飛行機の中の映画はIRON MANというやつだったけど、フランス語とスペイン語しか選べない。
今回、スペインからはマルカ紙など2社の記者が来ていたけど、スペイン語とポルトガル語はけっこう近くて、割と分かる。その次にイタリア語。フランス語はかなり違っていると言われた。
そうか、スペイン人からみたら、そうなんだな。
僕は今回、スペイン語とフランス語のどちらが分かるか映画でやってみたが、どっちもよく分からないけど、フランス語の方が耳になじむ。
イタリア語とスペイン語は近いようで、やっぱり違う。
ブエルタのとき、イタリア人が集まって、やっぱりスペイン語は分からないと話していたが、うん、本当に分からない。もちろんわかる単語も少なくないのだけど、まずはイタリア語のようにリズミカルに話さず、べたーとしたしゃべり方なので、かなり聞きにくい。

パリには順調に着いたけど、やっぱり乗り継ぎ便には間に合わなかった。
乗り継ぎ便を変更してもらって、なんとか次の便に乗ることができた。
NGCの連中はこれにも乗れなかった。自転車だけで十数台あるので、荷物をスルーにしてもらわない限り、大変なことになるのだ。
レキップを見ると、コールのドーピングが大きく出ていた。
一方、ガゼッタ、それからイタリアの一般各紙は、アームストロングのジロ出場を大々的に取り上げていた。ガゼッタは表紙を含め、4ページと大盤振る舞い。
僕の写真も1点出ていた。

飛行機の中のスチュワードから、「顔が焼けているけど、どこに行ってきたのか」と言われた。
自分では意識していなかったけど、やっぱりずいぶん陽に焼けたようだ。
第5ステージ終了
第5ステージ終了
チワワ鉄道が有名なのを初めて知った。
今日の第5ステージのスタートのクレールの駅の中には、昔の住民の生活を紹介する博物館もあった。
また昨日のタイムトライアルのゴールだったディビサデロはもっとも景色がいいと言われているらしいが、実際ゴールから見る峡谷は絶景だった。
この列車に乗るためにわざわざメキシコに来る人も少なくないらしいが、こうしたところに自転車レースで行けるのは幸せである。

今大会のオーガナイザーの一員から、いろいろ質問されたときに、「僕は35カ国くらいにレース取材でいっているけど、ホテルとレースだけしか見ておらず、観光はしたことがない」と言うと驚いていた。
もちろん、今回も観光はしていないけど、あまり重要なレースではないし、リラックスしてやっている。
たとえば、レースの写真を撮るとき、どうしてもクライアントのことを考えてしまう。
この写真はあの雑誌に、これはあの会社にという具合だ。
写真を売って生活しているのだから当たり前のことだ。
だけど、この大会のように買い手がほとんどいないようなレースの写真を撮るのは、とても自由で気分がいい。
商売抜きで写真を撮るのは、とてもいいものだ。
このブエルタ・チワワ、僕にとってある意味、最高に幸せな時間をくれているレースだ。

写真は第4ステージのタイムトライアルのゴール、ディビサデロからの眺め。
第3ステージ終了
今日のコースは今大会でいちばん厳しいもので、峡谷を走るコース。
ダイナミックな風景は、ジロやツールにだってない。

ところで、このレースを含めた世界のいくつかは、観光プロモーションの一環でやっている。
だから、自転車のジャーナリスト以外に、観光の記事を書く人も来ている。
もし日本で、旅行雑誌の仕事と、自転車レースの取材を兼ねられる人がいれば、いくつかのレースは大歓迎のはず。
立候補したい人いないですか?
第2ステージ終了
第2ステージも好天だったけど、コースが厳しい上、標高が高いので、選手にとっては厳しい1日だった。
そんな中、モスケラが軽々と走っているのが印象的だった。

ところで、昨日のシューマッハーの陽性反応、対応に追われた(写真の差し替えなどが出てくる訳です。はい)。
ツール・ド・フランスにまだ大打撃である。区間優勝2回もするなよな。

だけど、相撲から見たらまだいい。
リンチで人を殺したものを、NHKはなぜ放送を続けるのだろう?
あんなリンチは氷山の一角で、半殺しのレベルは日常茶飯事だったはず。
ドイツなんか、ドーピング事件でテレビがひきあげるのに、なぜ放送するのか、本当によく分からない。
ユーロスポーツを見た自転車関係者がずいぶん前に言ったのは「あの太った連中、ちゃんと検査を受けているのかい?」
ドーピングだけでヨーロッパでは関係者は肩身の狭い思いをするのに、殺人でいまだテレビ放送とは、ある意味すごいと思う。
夕べは大変だった
第1ステージが終わったあと、150kmの移動があった。
海外からのジャーナリストは仕事を素早く片付けて、バスで移動していく。
頭から服をかぶって光を遮ながら仕事していたから、気づいたけど、気にも止めなかった。
いくつもバスがあるのだろうと思って。
ところが残ったバスが1つしかなかった。
しかも地元のカメラマンの仕事が遅く、こいつのせいでずいぶん待たされることに。
そして1時間半ほどかかってホテルについたが、他のジャーナリストはすでに第2ステージのゴールに行ったというのだ。
僕のスーツケースもそっちに行ってしまっていて、着るものも洗面用具もない。
オーガナイザーは「お金を全部持つから必要なものを買ってこい」という。
ホテルの人が連れて行ってくれて、下着や着替えのシャツ、靴下など1万円分ほどを買った。
スーパーマーケットでぜんぜん問題ないのに、背広が飾ってある洋装店に連れて行ってくれたから、こんなに金がかかってしまったのだ。
今朝は、夕べの怒りもおさまり、けっこう高級な下着(自分にとっては、です)と服で、悪くないなーなんて思っている。
ブエルタ・チワワ第1ステージ終了
オーガナイザーは僕のためにオートバイを用意してくれていた。
それがなんと白バイ。
しかも、運転手は自動小銃を持っている。
オーガナイザーのプレス担当者から
「めったにないけど、コース上でデモが行われることもあり得る。そんなときはこの運転手が最前線に立つから、君は逃げるように」と言われる。
自動小銃を肩からぶら下げて走っている警察官もいたけど、幸いこの運転手はスタート直前に外してくれた。

天気は快晴。空気が乾燥しているから、気温が30度くらいまで上がっても暑くはない。
レース終了後のプレスルームは、外に建てられたテントの中なんだけど、もう光が強烈でパソコンの画面が見えない。
頭から服をかぶって仕事したけど、もう大変。
だけど、これもいい経験だ。

昨日は招待されたジャーナリスト約8名ほどが昼食で接待されたけど、それはチワワ市内に古くからあるステーキ屋だった。
その肉のおいしいこと。
メキシコの肉がおいしいと噂には聞いていたけど、本当だった。
チワワ到着
雷雨のメキシコシティ空港での5時間待ち。
レボリョから「昔、オーストラリアのヘラルド・サンツアーに出たときは、スペインから40時間かかった」と聞かされ、ちょっと救われたが、それでも僕もミラノの家を出てからチワワのホテルに着くまで24時間以上かかった。

ホテルで部屋の鍵が開かず、何度も部屋とフロントを重たい荷物を持って往復したが、手書きされた紙に204号室と書かれていると思っていたら、206号室と書かれていたのが原因。
日本人にとって、外人の書く数字はなかなか読めない。
イタリア人の書く数字だって、いっぱつでよめる日本人は少ないと思うのだが、しかし、メキシコじゃ4と6がいっしょかよ(このホテルだけかもしれないけど)。

シャワーも浴びずにベッドに倒れ込み、朝まで熟睡。
そしてさっき朝食をとったが、うん、最高においしかった。
5年前にメキシコのアグアスカリエンテスに来たとき、初日の朝食はこれまでの取材経験で最高だったが(2日目から選手といっしょに食べさせられ、朝からパスタが並ぶエネルギー補給だけのビュッフェとなった)、今回もそれに並ぶくらいの質だった。
朝だというのにトリッパ(内蔵)の入ったスパイシーなスープ、パッションフルーツのジュース、パクチーが入ったサラダなどをはじめ、いろいろあって腹一杯食べた。
これまで35カ国くらい取材で行ったけど、朝食はメキシコがいちばんいい。
昨日の苦労も本当にこれで吹っ飛び、やる気が出てきた。
これからチームプレゼンテーションに出かける。
メキシコシティより
朝3時に起きて、空港に向かう。
7時半の飛行機に乗って、ミラノから無事パリに到着。
乗り継ぎよくメキシコ行きの飛行機に乗る。
ドイツからサイクリングニュースでちょっと書いているという女性が乗って来て、なんとフライトが13時間、さらにメキシコシティでチワワ行きの飛行機が5時間待ちという。
ぜんぜん知らなかった。
NGCチームと同じフライト。友人はいないと前回書いたけど、彼らはランカウイとミラノ〜サンレモを走っているので、お互いに顔くらいは知っている。
で、ジロで急遽5日前にアスタナにかえられてしまった経緯や、プロツールがどんなにひどい状況を生み出しているかなど、監督と長時間話し合った。
結局、このチームはジロに出場できなかったせいでスポンサーがおり、今年いっぱいで解散だ。

飛行機から降りてもうくたくたである。
空港のラウンジはインターネットがただで使えるので、ここで眠たいけど仕事しようとパソコンを広げたところ、コンセントのアダプターを忘れてきたことに気づいた。
メキシコは日本と同じ形状だけど、僕が持ってきたものはヨーロッパ式のもの。
パソコンも放電状態で、まったく使えない。
ラウンジにも用意していないし、空港内にこれをアダプターを扱っている電気屋はないという。

5時間の待ち時間を有効に使えず、ぼーっと待っていたら、そこにもう引退したけどかつてパンターニのアシストをやっていたクラベーロがやってきた。
彼も初めてチワワに行くという。
彼にアダプターを持っていないか聞いたけど、持っていない。
が、オンセやフェスティナで走っていたレボリョが持っていて貸してくれ、無事にこれを書いている。
この長旅は半端じゃない。もう来年はこないと思う。
メキシコ行きの準備中
土曜日の早朝にパリ経由でメキシコまで行く。
ブエルタ・ア・チワワだ。
ブエルタ・ア・エスパーニャが終わってから突然決まったご招待だけに、事前の予備知識は何もない。
チワワという犬の発祥地ということも初めて知った。
今のチワワは気温が30度近くまで上がって暑いらしいが、標高の高いところに行くと寒いから、厚手のものも持っていくようにと言われた。

今回は必要最小限の装備で、持参するパソコンも1台のみ。
カメラのレンズも300mmをやめて、70-200mmにテレコンをつけようかと考えたが、いくらなんでもそれはやめた。
イタリアからNGCチームが行くらしいが、同チームの選手にもスタッフにも知り合いは一人もいない。

航空券はeチケットではなく、ただ予約番号が送られてきただけ。
心配になって航空会社に問い合わせたけど、番号が違うと言われてらちがあかない。
こんなとき利用しているのがアメックスのサービス。
いろいろと調べてくれ、正しい予約番号を教えてくれた。
この番号を持って空港に行けば、飛行機に乗れる(はず)。
パリまではエールフランス、そこからメキシコまでアエロメヒコに乗っていくのだけど、アライアンスはスカイチームで、僕はアリタリアのカードを使おうと思う。
しかし、ご存知すでに崩壊寸前だけに、マイレージポイントの将来はまったくあてにはならない。
実際、以前よく利用していたサベナベルギーは倒産していて、その寸前に北のクラシック行きにビジネスクラスに乗って使ってしまった。
とにかく、マイレージが期待できないフライトは我慢のしどころがなく、苦行そのものである。
もしかしてチケットがビジネスではないかという望みを込めて聞いてみたが、やっぱりエコノミーだったし。