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メルカトーネウーノ
アームストロングが走っていたラディオシャックはその後倒産してしまったが、今度はパンターニが走っていたメルカトーネウーノが倒産だ。
経済の荒波に揉まれて息が途絶える企業が相次いでいる。
自転車の本場とは
先日、長年にわたって審判をやっていた人と話をする機会があった。
ツール・ド・フランスも五輪もチーフコミッセールを務めているから、トップ中のトップである。
80年のイタリアのロンバルディーア州だけで、子供からプロのレース全部を合計すると年間1,500ものレースがあったそうだ。日本でいうと、関東地方で年間1,500ものレースがあるのと同じことだ。
それから先日、イタリアで自転車をのフレームを作っている佐野くんと食事をしたのだけど、真冬の寒い日曜日に何人のサイクリストが1時間に通るのか数えたら、700人いたそうだ。
天気のいい日なら、数倍に膨れ上がるだろう。

この辺の自転車事情を理解していただかないと、とても困ってしまう。
たとえば日本でチクリッシモの値段が高いという耳の痛い話をよく聞くけど、購買する層のボリュームが圧倒的に小さいのだ。
アラフィリップ
昨日のティレーノ〜アドリアティコの第6ステージ、平坦での集団ゴールスプリントでアラフィリップが勝ったのには驚いた。
2位のチモライはブアニを破ったこともあるし、パリ〜ニースでも勝っているなかなかの選手。こんな強豪を相手に真っ向勝負で勝ったのすごいこと。
先日ベッティーニがテレビで
「監督のブラマーティから自分に似た選手を加入させたと、自分が引退してから言われた」と語っていたが、まさにその通り。しかも、ベッティーニとは比べものにならないくらい山岳が強い。
これで一気にミラノ~サンレモの優勝候補の筆頭だろう。
もしこの実力を来年前維持することができれば、東京五輪でもいちばん注目されるのではないだろうか。
今のフランスはバルデ、ピノー、そしてこのアラフィリップと、非常に選手層が厚い。
ファビオ・アール
今日からティレーノ〜アドリアティコが始まる。
今朝起きたら、昨日の快晴とは打って変わって雨だ。

昨日のパリ〜ニース・第3ステージでファビオ・アールがリタイアした。
一昨年の活躍でUAEに破格のギャラで3年間契約を条件に迎え入れられ、これで一生遊んで暮らせるだけの金を手に入れた。
だが途端に鳴かず飛ばずの選手になってしまった。
実は昨年後半からすでに良い話が聞かれず、もう終わってしまったという声もあちこちで出るようになった。
アマチュア時代から強豪チームで走っており、もう消耗してしまったという人もいる。
また、周りの人間も良くないという人もいる。実際、彼の個人的なプレスオフィサーだったやつは、これまで自転車界で見た中で、ベルギーの某フォトグラファーと並んで最低最悪、人間のクズだった。
先日のアルガルヴェでもまったく走れなかったというし、本当に終わってしまったのではないかという懸念が自分の中に広がっている。

ミラノのクラブ
イタリアのトップジャーナリストの息子は僕が昨年まで住んでいたミラノ郊外の町の自転車クラブに入っていた。
ところが家はミラノの中心部にあり、郊外まで通うのは難しい。
そこでミラノの自転車クラブを探してみたが全然なくて、自転車を諦めたという。
僕が初めてミラノに来た1980年代はミラノにもクラブは山のようにあった。
ぼくはてっきり当時のままだと思っていたら、とんでもないことになっているようだ。
自転車王国イタリアも交通環境の悪化や少子化などで厳しくなってきているのだ。
ストラーデ・ビアンケ終了
ストラーデ・ビアンケ終了
イタリアはずっと雨が降っていなかったらしく、昨日のストラーデ・ビアンケは猛烈な砂埃が舞い上がった。
ときには視界が数メートルで、選手や車が見えないこともあった。
審判から何度もライトをつけるようにと全チームに警告が出された。
こういうレースはパリ〜ルーベで何度も経験しているけど、こっちについたばかりでいろんな準備が完全にはできていなかった。
たとえばマスクを忘れたのは大きな痛手だった。
ただ、今日は別に気管支がやられたという自覚症状はない。
カメラはひどく汚れてしまったが。