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カタール到着
カタール到着
カタール到着。
毎年、主催のASOにパスポートのコピーを送っていて、本来は無料で入国できるはずなのだけど、これまで入国審査で毎回ビザ代を請求されてきた。
ところが今回は初めて手続きがうまく行っていたらしく、「行っていいよ」と言われた!
でも、空港からホテルまでのタクシーの料金は去年の2倍。ちょっとぼられたのかも。

泊まるところは恒例のザ・リッツ・カールトン。
去年の部屋にはエスプレッソマシンやバスソルトがあったけど、今年はない部屋。
それでも十分にゴージャスで、素晴らしいの一言。

これからプールに泳ぎに行って来る。
ちゃんと水着を日本で買ってきたのだ。

写真はバスルームのアメニティ。机には果物盛り合わせとお菓子がたくさん並んでいますが、食事は3食ついているので、うっかり手を出すとちゃんとご飯が食べられないことに。
成田で中東行きの飛行機待ってます
成田で中東行きの飛行機待ってます
今、成田空港でカタール行きの飛行機を待ってます。
3週間、カタールとオマーンでレースです。
この時期で早くもグランツールと同じ3週間のレース行脚。
長い!

写真は今朝の富山。もやがかかった雪原に思わずクルマを停めました。
いきなり雪かよ
真夏のオーストラリアから成田に到着して羽田にバスで向かっているけど、雪で欠航するかも。着るもの無い。ビバークできんぞ。
明日帰国
ツール・ダウンアンダーを終え、今日はアデレードからシドニーに飛んで、今、空港の近くのホテルに投宿している。
明日、JAL便で帰国する。

アデレードからシドニーまでの国内線で、ラボバンクの選手2名と同じだった。
どこに行くのかと思ったら、これから10日間シドニーで合宿したあと、カタールとオマーンを走るという。
そのうちの一人、トム・レーゼルはカタールのレース参加が初めだ。
「カタールのレースは世界でもっとも厳しいレースの一つだと思うよ。特に第一ステージは」というと
「その噂は聞いているよ」

そういえばダウンアンダーの最終日、ランプレの監督ダミアーニが
「ウチはカタールには行かないんだ。あまりにレースが厳しすぎて、戻ってくる選手の疲れが尋常じゃない。そもそも、グルペットになっても、トップグループで走るのと辛さが変わらないくらいだから」

つまり、その横風は相当なもので、僕もこれは嫌というほど経験している。
みんな、ガンバ!(笑)
ツール・ダウンアンダー第5ステージ終了
今日は、この大会で最大の見所であるステージ。
しかも今年は初めて山頂ゴールとなった。

朝、プレスルームで一仕事してから出発(カタール&オマーン行きのチケットがメールで届いていた!)。
一仕事というのは、エヴァンスの個人的なスポンサーになっているオーストラリアの会社が僕にギャラを払わないものだから、エヴァンスの代理人にメールを書いた。
といっても僕は英語ができないので、ライド誌の編集長に代筆をお願いした(こういうときは、USキーボドで本当に良かったと思う)。
そうこうしているうちに、今日の最後の上りで代表撮影をすることに。

レースは宮澤が逃げに入ったけど、愛用しているアイメトリックスの眼鏡につけているサングラスが風で飛んで行ってしまい、オゾンホールからの紫外線をモロ浴びという苦しい展開。

レースは結局、バルベルデがゲランスをゴール勝負で下して復活の勝利。
マイヨはゲランスのものとなった。

エディ
エディ
第4ステージの表彰式。暇だったので、エディ・メルクスといっしょに撮りました。
本当は、僕がエディにサインをしているお笑い写真を撮りたかったのですが、表彰式が始まったので、時間がなくなってしまった。

「カタールとオマーンに来るんだろ?」と聞かれ(この大会2回目の質問。もしかして忘れっぽくなったのかな!)、
「もちろん」と答えたのですが、主催者からまだ航空券が来ません(涙)。
毎年、ハラハラさせてくれて、うれしいです(笑)。

ダウンアンダーから
ダウンアンダーから
アデレードは真夏だけど、数年前の連日40度というような猛暑というわけではないので過ごしやすい。
多くのチームのジャージや自転車が変わり、もちろん選手やスタッフの入れ替えやらもある。とくにHTCで走ったり働いていた連中が「おっ、ここに就職したんだ」というのも目立つ。

だけど、僕が好きなチームというのは、金がないけど一生懸命やっているところ。
とりわけ、新人を育てているところは、いつも心から応援している。

一方で、スカイやBMCみたいに金にものを言わせ、選手を買ってきて成績を出すようなところは、実際のところ、反抗的な気持ちにすらなる。
スカイやBMC(かつてのフォナックを含めて)から“育った選手”が出ただろうか?

かつてマペイも金にものを言わせていた。
だけど、同時に選手も育てた。
MTBからエヴァンスやチョーニ、それからジュニアからいきなりポッツァートを引き抜き、カンチェッラーラも育てた。みんなマペイのサテライト上がりだ。
ナルデッロ、ターフィ、ファレジンなども中堅として入り、そしてクラシックを制した。
トレーニングセンターも造り、一般にも解放した。
同じ金にものを言わせたチームでも、前出のものとはその内容に大きな違いがある。
こんなところこそ、イタリアが自転車大国である証だと思っている。
これよりツール・ダウンアンダーへ
これよりツール・ダウンアンダーへ
昨日は吹雪で富山から東京までの便が欠航したために、友人と約束していた食事ができなかったけど、今日はいい天気となり、無事に搭乗。
銀座のキヤノンにカメラのセンサークリーニングや、3月に出る予定の新機種入手の相談をしていたところ、新しいテレコンを勧められてテストすることに。

オートバイに乗るときのゴール写真は300mm/F4を使うことが多いのだけど、今回は家に送り返し、70-200mmにテレコンを使うという大冒険。

しかも成田のチェックインでスーツケースを計ったら、わずか17kgと、いつもの半分くらい。
服が夏物で、雨具もほとんど持たず、ヘルメットが軽量タイプとはいえ、自分でもなぜこんなに軽いかよく分からない。
忘れ物をしているのではないかとちょっと不安だけど、まあオーストラリアという先進国に行くので、金さえあれば何とかなるはず。

よい天気に恵まれた故郷富山をiPhoneから撮りました。
ジロのチーム発表について
ジロのチーム発表について
ドイツのネタップが選ばれた代わりにイタリアのアックア・エ・サポーネが選ばれないというこの事態に、けっこうな衝撃が伝わっている。
ガルゼッリは引退をほのめかしているし、アックア・エ・サポーネのパトロンは自転車からの撤退も臭わせている。

年末にジロの本部に行ってきたことはこの日記でもお知らせしたけど、実はそのとき僕はレースがビジネスであることを思い知らされていた。
わずか30分ほどの間のいろんな話は、金がベースになっている部分が少なからずあったから。
もちろん、それは僕だって十分に知っていたけど、今回のチーム選択はそれが明確に出たと言えるだろう。

ガルゼッリはこれまでジロに大きなものを与えてきた。
1999年にはジロをとっているけど、いちばん忘れられないのは2003年のジロ・デル・トレンティーノである。
2002年のジロで薬物が検出されて失格(当時の規則ではAサンプルが陽性となっても、Bサンプルの結果が出るまで走ることができたためにガルゾは走り続け、そしてBサンプルも陽性となった時点で失格となった。僕の知る限り、規則はガルゼッリのこの一件で変わり、Aサンプルが陽性の時点で失格となった。ただ当時は明確な規則ではなく、イタリアプロ車連の申し合わせだった気がする)ガルゾはこれで9ヶ月の出場停止となった。

だけど、翌年のジロ・デル・トレンティーノで区間優勝を飾って復帰。あのとき、仕事を終えてホテルのレストランに行ったら彼が食事をしていて、目でお互いに挨拶をしたときのあの表情が忘れられない。
そのあと、僕にもお祝いのスパークリングワインが振る舞われた。

こういうと、ドーピングを肯定していると思われるかもしれないけど、そうではない。ここで言いたいのは、いつもプロトンにいると情が移るというのか(といってもひいき選手はまったくいないのだが)、復帰してくる選手を決して冷めた目で見ることができないのである。

写真は2003年のジロ・デル・トレンティーノ第1ステージでシモーニを破ったガルゼッリ。復帰1勝目だった。




さっぱり意味が分からぬ催し
自転車レースでは毎年ルールの改正がけっこうあります。
たとえば、去年のツールでのオートバイやクルマが選手を転ばせたトラブルから、今年は車両が大幅に削減されるはずです。

こうした世界に身を置いている自分としては、日本で成人式がいまだに継続されていることがまったく理解出来ません。
会場で講演を聞くのではなく、友人との談笑に花を咲かせる。暴れ回る姿がニュースで流され、それを取り締まるために警察や市の職員が動員される。
もともと僕は出なかったし、なんのためにあるのかそのときから今に至るまで理解出来なかったのですが、それはともかく、このご時世で税金を使ってまで継続する意味がどれだけあるのか、さっぱり分かりません。

着物業界の圧力もあるだろうけど、やっぱり、誰もが疑問に思いながらもしきたりで行事が継続されるという日本の悪しき伝統だと思います。
もしやるのだったら、税金ではなくて、参加希望者の会費制にしてやってほしいです。
新年の抱負的なもの(笑)
新年おめでとうございます。
僕が今いる富山、年末年始は比較的穏やかな天気でしたが、今日からまた雪が降り続くみたいです。

今年も1月1日から仕事を始めたのですが(というか、まったく仕事しない日は年間ほぼ皆無)、家のiMacから音が出なくなって修理に出すわ、しゃっくりが止まらなくなるわ、シーシェパードの暴挙に怒りが収まらなくなるわで...。

一方、海外の雑誌等も正月明けに動き出し、今月12日から向かうオーストラリアのツール・ダウンアンダー(ツアー・ダウンアンダーという名前ではありませんから注意!)の準備も同時進行で進めています。

ところで、現在の円高。欧米での取材費用は節約出来るものの、こちらの収入も減るわけで、差し引きすると個人的には大きな変動はありません。
しかし、日本経済にとって良いことはなく、毎日唖然としてニュースを見てます。
まあ、今年も激動の年になりそうですが、自転車レースのカレンダー自体は毎年同じで(ああ、UCI会長の息子がやっているインドのレースが1月から3月に移るそうですが...)、僕は例年通り、淡々とレースをこなしていくことになりそうです。