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物置からこんなものが出てきました
物置からこんなものが出てきました
1990年に前橋でトラック世界選が、宇都宮でロード世界選があったのですが、日本国内で世界レベルの審判の養成が急務でした。
そして、僕も講習を受けて取ったのです。
たしか、これがあると世界選手権でコミッセールのアシスタントができたような...。

審判業務で使ったことは一度もありませんが、その後の自分の仕事では多いに役立ちました。
ジャンマリー・ルブランは本の中で
「ツール・ド・フランスに来るジャーナリストの中には、規則すら知らないのがいる」と嘆いていましたが、幸いこれだけは自信がありました。

暴露本
90年代の自転車事情をまたいろいろと調べているのだけど、どうしてもドーピングのことは避けられない。
今、読んでいるのはフランス選手が1999年に書いた暴露本。
イタリアでも翻訳されたので買っておいたのだが、これがもうモロ。
イタリアのチームでも1年間走っていたから、もうよく知っている選手の名前がばんばん出てくる。
あのときは、そういう時代だったのだと思う。


ガゼッタの巨星、リーノ・ネグリ他界
昔、ツール・ド・ランカウイでイタリアのスプリンター・クワランタの落車の写真を撮っていなかったことから、ガゼッタの仕事で来ていたリッロというベテラン新聞記者から怒鳴りつけられ、ホテルまで行って写真を撮らせてもらったことがある。
これは、自分にとってかなり薬になった出来事だった。
リッロはローマのイル・メッサッジェーロ紙の記者だったのだが、ティレーノ〜アドリアティコを創始したことでも知られている。だから定年退職した後も、ガゼッタの臨時記者という肩書きで、ランカウイに来ていたのだ。
上から怒鳴られるのは嫌だけど、仕事を覚えたいのなら、やっぱり必要である。しかも、それが一流の記者からだったら、逆にありがたい話である。

一昨日、ガゼッタで自転車部門のトップを永く務めて来たリーノ・ネグリが87歳で他界した。
僕がこの仕事を始めた頃は、今年までジロを仕切っていたゾメニャーンや、今かなり上のポストにいるベルゴンズィらはネグリの下で働いていた。なにしろネグリの経験したジロは42回、ツールが39回!
僕は著書を何冊も持っているし、それに彼の書いた新聞記事のスクラップを大量に保管しているけど、しゃべったことは一度もない。
去年もコルナーゴのクリスマスのミサに来ていたけど、僕にとっては手の届かない存在だった。

レキップのピエール・シャニーとガゼッタのリーノ・ネグリ。
憧れの存在だった。
ツール・ダウン・アンダーの手続き終了
ツール・ダウン・アンダーの手続き終了
オーストラリアのツール・ダウン・アンダーは、そのオーガナイズの良さでも知られている。
選手のフライトはビジネスクラス。ホテルは一カ所に滞在で(そのホテルもヒルトンだから快適)、その周辺のチャイナタウンの食事もすごくおいしい。
毎年、わずかの数のジャーナリストが招待されていて、光栄なことに数年前から僕もここに入れてもらっている。
今年は招待がなかなか来なかったからちょっとハラハラしていたのだけど、1週間ほど前にようやく送られてきて、今日、手続きが全部終わった。

2011年シーズンのレースがすべて終わったのはつい3週間前なのに、もう来シーズンが始まる。
前年は今の時期にニューヨークに遊びに行ってきたのに、今回は雑用が多く、ぜんぜん休めていない。

写真は去年の大会。ランスが2009年から参加していたので、仕事はハードだった。今年はメルクスがゲストらしい。
ホームページが改善
これまでトップページはフラッシュが使われていたのでスマートフォンでは表示されない部分があったのですが、今日から見られるようになりました。
ただし、トップページの画像はパソコンで見たときのように写真が順に変わっていくのではなく、1枚に固定されています。

iPhoneがやって来る ヤア!ヤア!ヤア!
昨日、食事中に家族と「注文したiPhoneはいつ届くのだろう?」と話をしているときにソフトバンクから電話があって「入荷しました」。
一方、テレビのニュースでソフトバンクが野球で日本一になったと言っている。
僕は野球にまったく興味がなくて、日本にどんなチームがあって(ソフトバンクがチームを持っていることもまったく知らなかった)、今、日本一決定戦をやっていることも知らなかった。
自転車選手で野球好きというのは、日本人を含めて今まで出会ったことがない。
自転車と対極にあるスポーツなのかも...。

だけど、今日iPhoneを取りにいくにあたり、なにか特別のプレゼントでもあるのかと早速調べたら、しょぼい鞄がもらえるらしい。
そんなもんいらないから、料金を割り引いてほしい。
チポッリーニ
チポッリーニ
10月29日に修善寺で行われたトラックパーティーは、日本初の屋内競技場のこけら落とし(妙な言葉だなあといつも思う)で、すごく楽しいイベントだった。
僕はオフィシャルカメラマンとして撮影に入っていたけど、一人のファンとしても大満足できた。
日本のロード選手が出場したのも良かったし、そしてチポッリーニの参加も華を添えた。

僕がこの仕事を始めた年と、チポッリーニがプロデビューした年は同じ1989年。
だから以前からの知り合いであり、彼の家にはこれまで2回行ったことがある。
今回の初めての来日は、短時間の滞在だったにもかかわらず、僕らの仲は急速に深まった。
深夜まで自転車競技や自然保護のこと、それからお互いの趣味であるスキーのことで議論したことがその始まりなんだけど、なにより僕がこれまでの彼のキャリアとそのバックボーンを時系列で記憶し、そこに身を置いてきたことを認めてくれたのがいちばの原因だと思っている。

ベテランの選手やジャーナリスト、自転車作りをやっている人たちと話をするときに、歴史を認識しているかどうかで、相手の態度ががらりと違うことをこれまで何度も体験している。
インターネットなどで仕入れた表面的なことではなく、当時の自転車界の状況を分かっていると向こうが認識すると、いきなり話がディープになっていくのだ。

そんなこともあって、今度イタリアにいる彼を尋ねることになった。
これまで取材のときはいろいろ注文が多かったが、今度は「喜んで取材に応じる」と言ってくれた。
今、そこで使う昔の写真の選択作業で大忙しだ。
ジーノ・バルタリ
ジーノ・バルタリ
今がいちばんゆっくりできる時期なのだけど、こういうときにこそ、自転車の歴史を振り返りたい。
J SPORTSから出ているDVDを見返しているのだけど、イタリアのアマゾンで購入したジーノ・バルタリのドラマも同時進行で見ている。

結婚するときに、向こうの父親から
「自転車選手?それが職業?」と言われるところなどは、今も昔も変わっていない感じ。やっぱり普通の職業ではないのだ。

1935年のミラノ〜サンレモで個人プロとしてデビューし、トップを走っているときにガゼッタのクルマがやってきて
「君の名はバルタリ?それともバルターリ?」と聞かれるところも、歴史にちゃんと基づいている。
ガゼッタはわざと邪魔をして、名もない選手にこの伝統あるレースを勝たせまいとしたのだ。
案の定、ここでバルタリは遅れて着外となるが、さっそく名門レニャーノの監督パヴェージからジロのメンバーとしてスカウトされる。
その翌年には早くもジロで優勝するが、弟がアマチュアのレースでクルマにひかれて死亡する...。
とりあえずここまで見た。

2000年5月5日にバルタリは死去したが、僕はそのときイタリアにいて、すべてのスポーツ施設で黙祷が捧げられたのを記憶している。
なにしろ、歴史の本にまで登場するくらいだ。
生前、何度か会話したことがあったが、カリスマなんていう言葉は薄く、もう神のレベル。本当のヒーローだった。
大阪より戻りました
昨日、サイクルモード大阪を終えて帰宅しました。
初めてこの大阪のイベントに行ったのですが、すごい人出で圧倒されました。
そして、そのあと行った居酒屋「奴」とバー「タクリーノ」でしゃべりすぎて喉をやられ、翌日のど飴を買うはめに。
ひとつ残念だったのは、わずか1泊しかしていないので、いろいろと行きたかったところに行けなかったことです。

1985年、初めてイタリアに行ったときのことです。
イタリア自転車連盟のライセンスを取るために学生になる必要がありました。
そこで、ペルージャ大学の学生証を手に入れようと同大学に赴いたところ、学生課の窓口で通訳をやってくださった親切な日本人学生がいました。
僕はそのとき、まだ一言もイタリア語ができなかったのです。
それから何年も経って、日本で料理の雑誌をたまたま手に取ると、その方が大活躍されていることを知ってびっくりしました。
現在大阪でポンテベッキオというレストランをやられている山根大介さんです。
ご本人が覚えていらっしゃるかは分かりませんが、一度お会いして改めてお礼を言いたいのですが、また今回もそのチャンスはありませんでした。
砂田弓弦写真集 クラシックレース 壁のないコロシアム 11月5日に発売
砂田弓弦写真集 クラシックレース 壁のないコロシアム 11月5日に発売
砂田弓弦自転車ロードレース写真集第3弾!
ヤエスメディアムック344
『砂田弓弦写真集クラシックレース 壁のないコロシアム』

八重洲出版発行 www.yaesu-net.co.jp
定価2,730円(本体2,600円)
並製 網代綴じ A4ワイド判(天地297mm/左右233mm) 全196ページ 
左開きカバー装 全ページカラー印刷

第1章 モニュメント〜5大クラシック
 ミラノ〜サンレモ
 ツール・デ・フランドル
 パリ〜ルーベ
 リエージュ〜バストーニュ〜リエージュ
 ジロ・ディ・ロンバルディア

第2章 各国のクラシックレース
 ヘント〜ウェヴェルヘム
 アムステル・ゴールドレース
 ラ・フレーシュ・ワロンヌ
 クラシカ・サンセバスチャン
 チューリッヒ選手権
 パリ〜トゥール

それから、明日からの大阪でのショーですが、下記のステージに出演します。
・11月12日(土) 14時〜14時30分 八重洲出版ブース(1号館-24)
  『砂田弓弦写真集クラシックレース』即売&著者サイン会
・11月13日(日) 11時30分〜12時 八重洲出版ブース(1号館-イベントステージ)
  砂田弓弦スライドショー 『ワンデークラシックレースの魅力』(MC:絹代)

・11月13日(日) 14時〜14時30分 八重洲出版ブース(1号館-24)
  『砂田弓弦写真集クラシックレース』即売&著者サイン会

・そのほか、両日ともJ SPORTSブース(2号館 -07)のイベントにも出演します

詳しくは、サイクルモード・インターナショナルの公式ウェッブサイト
<http://www.cyclemode.net>をご覧ください

ヘルメット(オートバイ用ではなく自転車用)
ヘルメット(オートバイ用ではなく自転車用)
今まで自転車用のヘルメットを持っておらず、何かのイベントに呼ばれたり、あるいはジャーナリストのロード世界選手権(これが本当にあるんですよ、毎年。お誘いは来ますが...)に冗談で出ることになったときには買わなくちゃなあ....などと思っていたのだけど、このたび日本の某選手から勧められたこともあって、OGKさんのものをゲット。
フィット感は抜群!

雪が降るまで、これをかぶって自転車に十分に乗っておこうと思っています。
また、年末の大掃除で二階から身を乗り出して窓を拭いたりするときも使えるかな...なんて。
とにかく、驚きの軽さです。
強力な取材ツールが到着
強力な取材ツールが到着
日本で使っている携帯電話はドコモだけど、昨日ついにソフトバンクのiPhoneに交換することに。
さらに家族のものも同様にiPhoneにし、そして店員の口車に乗せられたことにして、iPadも購入。ウチはすっかりMacの館です。

そうしたガジェットも、電気がなければただの箱。
カメラも同じで、これまで何度も電池切れでチャンスを逃した。

だけど、野外での取材をするにあたり、強力な味方が現れた。
このたび、株式会社アンビエンテックさんからご提供いただいたソーラーゴリラとパワーゴリラ。
ソーラーゴリラはソーラーパネルによる発電システムである。
パワーゴリラはポータブルバッテリーで、持ち運びできる。もちろん、両者を合わせての使用も可能だ。
さっそく庭で試してみたが、とくに説明書を読まなくても簡単にセットでき、あっけなく携帯電話への充電が始まった。

iPhoneには専用アダプターが必要みたいだけど、バッテリーの持ちが悪いと言われているだけに、これは強力な味方だ。
アダプターの種類も非常に多く、携帯電話やスマートフォン、パソコンなど、多くのガジェットを充電できる。
同社のホームページは
http://www.powertraveller.jp/
サイクルモード東京終了
サイクルモード東京終了
羽田でビールを2杯飲んだのですが、自宅についてさらに1杯。もうぐったりです。
視界不良で飛行機が再度羽田に引き返すかもしれないとのことだったけど、無事自宅に到着しました。

サイクルモード東京では、たくさんの人たちが本やカレンダーを買ってくださり、そして声をかけてくださいました。
とても嬉しかったです。
来週は大阪のサイクルモードに初めて行きます。

写真はColnagoのブースでエルネストや新城選手とステージに立ったときです。たくさんの人で、会場は暑かったです。汗が出ました。